昨年(2020年)世界中でヒットしたチェスをモチーフにしたドラマ「クイーンズギャンビット」ではチェスに関する用語などが多用されていますが、なんら説明がされていないことが多いです。
アメリカ人の方なら分かるからとか、説明が入っているとドラマの雰囲気を壊すからとか理由は色々あると思いますが、チェスに馴染みのない普通の日本の視聴者には難しいシーンも多い気がします。
本記事ではチェスプレイヤーの視点で説明を加えさせていただこうと思います。記事の内容上、ネタバレがある程度あるので、お気を付けください。
メキシコシティ
このドラマの中では初めての国外での大会です。
マイク&マット
ベスの初めて参加したケンタッキー州大会で受付をしていたマイクとマット、行く先々で現れる印象がありますが、メキシコにまで来るとは。ベスもさすがに不審に思ったようです。
二人は大会に出るのかと聞きますが、返答は「マイクが仕事好きでね」??ちょっとよくわからなかったのですが、英語字幕は“Mike’s glutton for punishment“。マイクが打たれ強いという意味なので、普通に大会に出ているということなのかな?
実はこのシーン、日本語の字幕がおかしかったようです。
日本語吹き替え版のセリフの方が正しそうで、
ベス「もう大会には出ないのかと?」
マット「僕はね。マイクは自虐的だから」
どうやら、マットは大会には出ておらず、マイクは自虐的な(打たれ強い)ので、大会に出ているということだったようです。
動物園でリラックス?
メキシコで文通相手になってウキウキのお母さん。試合の準備をしているベスに外に出てリラックスしなきゃとそそのかします。
トーナメントの休みの日にレクリエーションをするという考え方は、現代では一般的に思えます。実はトッププレイヤー達は試合の休みの日にみんなでサッカーに興じたりします。
才能と代償
動物園を歩いているベス、結局一人で出かけたようです。ここで、シャイベルとの回想シーンが現れます。
あんたは苦労するだろう
才能には代償がある
シャイベルは言います。これはやはり、クイーンズギャンビットというタイトルと対応している気がします。ギャンビット=「ポーンを捨てて代償を得る」なので、ベス(クイーン)がギャンビットするというドラマなんですね。
ボス猿現る
雨の動物園、屋内展示の類人猿ブースで雨宿りをするベス。そこになんと世界チャンピオンのボルゴフとその家族が現る。ゴリラの展示を見ていたのが、なんか笑ってしまいました。
PK4 PQB4
これまでになんどか現れていた表現ですが、説明していませんでした。お母さんに試合の説明をする際に出てきました。
PK4とPQB4はクイーンズギャンビットの中で幾度となく現れるチェスの指し手を示す記号です。
Pはポーン
Kはキング
Qはクイーン
Bがビショップ
を示しており、
PK4はポーン(P)をキング(K)の前の4段目に進めるという意味
PQB4はポーン(P)をクイーン(Q)側のビショップ(B)の位置の4段目に進めるという意味です。
この手順はシシリアンという定跡でベスの得意定跡です。
それはともかく、この記号、やたらと分かりにくいと思いませんか?
実はこれ、古い記号形式なんです。現在ではほぼ使っていません。
現在の記号形式
現在一般的に使われている記号形式は、Kがキング、Qがクイーンなどは変わりませんが、盤上のマスをアルファベットと数字で表しています。下図の下端と左端にアルファベットと数字が書いてあるのが分かると思います。また、ポーンについては駒を示す記号(上記で言うP)は使わないので、シシリアンは
1. e4 c5
と表記します。最初の1.は1手目を示しています。
13歳の少年との対戦
トーナメントの中で、13歳の少年との対戦があります。対戦相手が自分よりも若い少年であることにベスはやや驚いているように見えます。
神童と呼ばれるプレイヤーはどんな世界にも次々と現れます。このシーンはベスが初めて若い世代からの突き上げを受けているという意味合いで用意されているのでしょう。
封じ手
このゲームの注目は何と言っても封じ手です。手番の側が自分の手を書いた紙を封じて、次の日に再開するという形式です。現代ではまず行われることがありませんが、例外についてはAが熱く語ってくれることと思います。
この封じ手シーンのポイントは、両対局者が次の日までの間に局面について考えることができる点です。ドラマ内ではベスが化け物なので、この後の変化をすべて調べ切って自分の勝ちまでの手順をすべて覚えて会場に現れたことです。
再開後のベスの態度はそれを示しています。ベスは対局場の椅子にも座らずに、相手の少年が手を指すたびに戻ってきて、すぐに自分の手を指してふらふらと歩いていきます。挙句の果てには少年が考え出すとイライラしたように足を踏み鳴らします。いや、ダメでしょ。
私はベスは基本的には礼儀正しいいい子だと思うのですが、このシーンちょっとキャラを無視した過剰演出に見えました。
古いやり方
このゲームの最後に、少年はキングを倒して投了します。その際に「古いやり方で投了します」と言っています。
キングを倒して投了の意思を示すことは現在でも国内の大会でよく行われます。また、もちろん単純に「負けました」と言って投了の意思を示すことも多いです。
ただ、トップクラスのトーナメントでは試合終了を意味する握手を相手に求めるだけで投了していることが多いように思います。
エレベーターでのやり取り
ベスがエレベータに乗っているとボルゴフ陣営が後から乗ってきます。ベスが乗っていることを知ってか知らずかロシア語でやり取りをしています。
モスクワなら時差で有利だ。
アメリカとメキシコではほとんど時差がないと思いますが、モスクワならベスが時差ボケになるので有利だと言っています。世界チャンピオンなのに意外とせこい。
強くなっている
ここかパリで叩かなければ(英語では彼女が強くなりすぎる前にとまで言っています)
ボルゴフ陣営がベスを相当高く評価していることが分かります。ただし、ボルゴフ自身は黙っています。
周りからは女性をバカにするような発言も出ますが、最後にボルゴフは
彼女は孤児だそうだ。
我々と同じで負ける選択肢はない。
と述べてエレベータを降ります。さすが世界チャンピオン。かっこいい。
世界2位と3位
エレベータからおりたベスはマイクとマットからボルゴフの取り巻きが世界2位と3位であることを教えられます。すべてソ連の選手です。世界1位から3位がソ連の選手、当時はそれぐらい力の差がありました。
それにしても、相手の取り巻きは世界2位と3位。こちらはマイクとマット。頼りになりそうですね。
ボルゴフとの対戦
ボルゴフとの試合、ベスは相手のオープニングの選択に意表を突かれます。
アナウンサーがボルゴフがクローズドシシリアンに持ち込もうとしますと発言していますが、ここでは「オープンシシリアン」ではないというぐらいの意味合いでしょう。クローズドシシリアンとよばれている変化は他に独立してありますが、ここで指されている変化はロッソリーモと呼ばれる変化です。
オープンシシリアンがメインの定跡、その定跡を外してベスの意表を突いたわけです。
試合後ベスは「予想していなかった」、「誰も指さない」と愚痴っています。ここもやや日本語字幕がおかしく「誰もやらない」としていますが、これだと「何を」やらないのかわかりづらく、誤解を招きやすい表現だと思います。
ともかく、頭が真っ白になり、そのまま負けてしまったというのが、ベスの感想のようです。
このように思いもよらない変化を指されてみっともなく負けてしまうことは、チェスを指していると誰もが経験することです。トップレベルにおいても、相手の定跡の準備を外すことが重要な戦略の一つになっています。
エピソード4に出てきたゲーム
この回に出てきたゲームは元ネタがあるものが多いようです。Chessbase Indiaに説明があるので、興味がある方は読んでみてください。
まとめ
第4話はチェスの専門的な話は少なかったかな、と思います。ドラマとしては、冒頭の大学生との交流、最後の衝撃的な結末があり、ここからドラマがどのような展開を示すのか注目されるところです。本記事ではあくまでもチェスプレイヤーの視点から、残りのエピソードについても解説していきます。
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