昨年(2020年)世界中でヒットしたチェスをモチーフにしたドラマ「クイーンズギャンビット」ではチェスに関する用語などが多用されていますが、なんら説明がされていないことが多いです。
アメリカ人の方なら分かるからとか、説明が入っているとドラマの雰囲気を壊すからとか理由は色々あると思いますが、チェスに馴染みのない普通の日本の視聴者には難しいシーンも多い気がします。
本記事ではチェスプレイヤーの視点で説明を加えさせていただこうと思います。記事の内容上、ネタバレがある程度あるので、お気を付けください。
自宅に戻ったベス
ボルゴフへの敗戦と前話のラストの衝撃で落ち込んでいるに違いないベスの元にベルティック(最初の大会に出ていた感じ悪いやつ)からの電話がきます。練習パートナーを務めるというのですが、、、
カパブランカのMy Chess carrier
ベルティックが大量の本を抱えてやってきます。品定めしていきますが、全部ベスはもう読んだか持っているようです。その中にカパブランカのMy Chess carrierがありました。第2話で図書館で借りた本ですね。
このシリーズでは過去のチェスの名人たちの名前がたくさん出てきますが、モーフィーとカパブランカは少し特別な扱いを受けているように見えます。著者のこだわりでしょうか。
密かにディスられていた人たち
カパブランカに言及している会話の中で、ディスられている人たちがいました。日本語字幕では「記憶力で指すタイプとは違う」というコメントでしたが、元の英語を見てみると
Unlike Bogoljubov and Grunfeld who memorized everything
「全部覚えているようなBogoljubovやGrunfeldとは違う」という意味ですが、序盤定跡を覚えてその通りに指しているだけの人たちという意味合いで、そうとうバカにしています。BogoljubovもGrunfeldも序盤定跡にその名前を残す有名なプレイヤーですが、序盤定跡厨という評価なんでしょうか。私は知りませんでした。
日本語幕の「記憶力で指すタイプとは違う」という記載を見て、序盤をノータイムで指してきていたベルティックへの皮肉かと私は思っていました。
検討なんて意味ない?
検討戦
将棋などでも同じですが、通常対局が終わると対局者同士で試合の内容について検討します(検討戦と呼ばれる)。
これに対し、ベスはそんなの意味あるかと言いますが、自分の頭の中での「分析」は行うと言っています。ややわかりづらい話ですが、結局のところ「他人との検討」が意味ないと言ってるんですね。他人から学ぶことなどないと。だからこのあと私って高慢?というセリフにつながります。
アレキンだよ
ベルティックがベスとベニーとのゲームを検討します。検討なんて意味ないと言っていたベスですが、ベルティックの見事な指し回しを受けて、称賛します。それに答えたベルティックの答えが「アレキンだよ」でした。
アレキンはカパブランカの次の世界チャンピオンで、当然ながらカパブランカからタイトルを奪ったプレイヤーです。もしかするとカパブランカ推しのベスはあまりアレキンが好きではないという設定なのかも(そういえばアレキンの本を受け取ったときに少し暗い表情をしたような)。ちなみにこのアレキン、アルコール依存症であったことでも知られます。その意味でも(自分と同じなので)ベスはあまり好きではないかも。
ベルティックの言葉の意味はアレキンの本に載っていたアイデアだという意味です。
ベスもアレキンの本を読んでいたはずですが、知りませんでした。他人との検討なんて意味ないと言っていたベスにその価値を気付かせるというシーンという意味合いですね。
余談ですが、このアレキンという表記は英語読みの発音です。ロシア人なので、アレヒンまたはアリョーヒンという読みが本来の発音だそうです。小川洋子さんの小説「猫を抱いて象と泳ぐ」でもこのアリョーヒンという表記が採用されています。アレキンと発音するとアリョーヒンだとマウントを取ってくる人もいるので、近くにチェスプレイヤーがいる人は気を付けてください。
僕はマスター
ベスに五連敗し、僕はマスター、これが限界と悲しいことをいうベルティック。チェスではグランドマスター(GM)とインターナショナルマスター(IM)という二つの称号が有名ですが、ここでいうマスターとはナショナル(国内)マスターのことかと思われます。日本ではナショナル(国内)マスターという定義はありませんが、アメリカではレーティング2200-2400ぐらいのプレイヤーのことのようです。これについては第2話の解説で触れました。
ベルティックのレーティング帯がこのあたりとすると、ほぼ日本チャンピオンレベルです。皆さん、ベルティックが弱いと思ってませんでした?意外と強いんですよ。
全米選手権
チェスプレイヤーの待遇
全米選手権の直前、ベニーはベスと会話し、自分たちは全米のトップなのにこんなぼろい大学でやらされている、テニスやゴルフと違うと嘆いています。
このあたりのチェスプレイヤーの待遇を引き上げたと言われるのも(ベスのモデルと思われる)ボビー・フィッシャーです。
冷戦下のアメリカでボビーフィッシャーがソ連の世界チャンピオンを破ったことで、大勢のアメリカ人がチェスに興味を持ち、世界の超大国であるアメリカの資本がチェスに対して興味を持ったわけです。
握手を求めて投了
第4話で古いやり方と言われていた割にはみんなキングを倒して投了(リザイン)しています。Day2でようやく握手を求めてリザインしていますね。第4話で解説した内容です。
オープニングと戦術
Day2の試合が終わった後、ベスは「オープニングと戦術」というベニーの書いた教科書を読んでいます。さすがにベスがこれを読んで今更勉強するとは思えないので、これベニーのチェスを研究するという意図でしょう。このあたり、ベルティックの教育の成果が出ているのかもしれません。
それにしても、オープニングと戦術を同時に扱っている本って少ないですよ。さすが変人のベニーといったところでしょうか。
バグハウス
夜に食堂を訪れたベス、ベニーと友達たちと会い、誘われています。その中にバグハウスをしないかというものもありました。
バグハウスって何?って思った人も多いはずです。バグハウスは駒を盤上に打ち込めるチェスなんです。
バグハウスは二人でチームを組み、2対2の4人で対決します。チェス自体は1対1で対決しますが、同じチームの人は白黒逆で指します。そうすると白で指している人は敵から黒の駒を取ることになります。その駒を隣の同じチームの黒番の人に渡すんです。逆に黒番の人は敵の白の駒を取るので、取った駒を白番の人に渡します。渡された駒は盤上に打つことができます。
もう、全く普通のチェスと違う論理になります。興味を持った方はやってみたらどうでしょう。4人必要というのがややネックですが。
早指し
やらないやらないと言っていたのに、ベスはベニーとブリッツを指すことになります。
ちなみにここでいう早指しとはブリッツのことだと思われます。3-5分ぐらいの持ち時間で指すチェスです。
ベスは「一回だけ」と言いますが、いや無理ですよ、特に負けているときは。チェスの世界では世界チャンピオンクラスから初心者まで、日なが一日ブリッツを指し続けてしまう病が存在しています。
どうやら大量にお金を巻き上げられたと思われるベス。興奮した様子ですが、どこか嬉しそうです。薬物、アルコールの次はブリッツ中毒ですか、お気の毒に、、、
というのは冗談ですが、思うにベスは自分と同じように才能を持った人間の存在がうれしいのではないでしょうか。次のシーンにもつながると思います。
頭の中で対局を、、、
ベニーとの決戦を前にベンチで会話するベス。
頭の中で一局を通して再現したりする?
と聞くベス。ベニーは「皆するだろ」と答えます。
ここ、私は声を大にして言いたい。みんなできませんから!!
私とAの結婚式の二次会で、ある局面を10秒間見せてどれぐらい再現できるか新郎新婦にやらせるという辱めを受けたことがあります(どれぐらいできるかの答えがクイズの問題でした)。来客者たちは結構できるんじゃないかと予想したんですが、できませんよ!!それと同じです。
このシーンはベスがベニーのことを自分と同じ天才として認めたシーンなんです。
まとめ
さて、第5話のベス、どんどん強くなっています。前話での不幸な出来事もなんのその、以前負けたベニーにも勝ってしまいました。この調子で世界チャンピオンにも勝ってしまいそうですが、そうは簡単にいかないですよね。
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