新シリーズとして、チェスの名局を解説付きで紹介します。今回ご紹介する演目は “恋に落ちた女王様”。脚本、演出共に史上最強の男Kasparov。 皆様どうぞお楽しみください。
L. Winants- G. Kasparov
SWIFT Tournament 2nd (1987), Brussels (3)
このゲームはMatthew Sadlerのqueen’s gambit declined
のなかで紹介されていた。対話形式で進んでいくことが特徴で、なかなか評判がよく、オープニングの本であるにも関わらず、賞も取っている。
1.d4 Nf6 2.c4 e6 3.Nf3 d5 4.Nc3 Be7 5.Bg5
手順前後があったが、ここまででqueen’s gambit declined。見てのとおりのおとなしい定石。まず目に付くのはe6としたことでc8のビショップの通り道がふさがれた。このビショップの働きを得るかどうかがこの定石におけるひとつの焦点である。
5… h6 6.Bh4 O-O 7.e3 b6
b6、前述した焦点に関する手。ビショップをフィアンケット して働きを得ようとする。
8.cxd5 Nxd5 9.Bxe7 Qxe7 10.Nxd5 exd5
さて、定跡に詳しくない人の目には無為に駒交換をしているだけに見えるかもしれない。
しかし、白はd5にポーンが残るように駒交換しているのだ。
その意味はBb7としたときにビショップの効きを狭めること。
黒としてはせっかくビショップを働かせるための手が無駄になってしまった。しかし、この交換で黒は黒にとってのもう一つの問題である。陣地の狭さを解消することができた。
11.Rc1 Be6
一瞬不可解に見える手。しかし、前述のようにすでにb7にビショップを展開する意味は既に失われているのだ。
12.Qa4
現在のところの白のアドヴァンテージはほぼ展開の速さぐらいだろう。おとなしく0-0の準備などしていると優位を失ってしまう。
12… c5 13.Qa3
c5のポーンをピンにすると共にポーンを狙っている。
13… Rc8
このあたり、白が主導権を握っているのがわかる。
14.Be2
とはいえ、ここで一手緩める。ここでの積極的な手はあまりうまくいっていないらしい。
14… Kf8
奇妙な手ではあるがこれでc5のポーンのピンは解消された。
15. dxc5 bxc5
16. O-O a5
このあたりで白の優位はほぼ無くなったように見える。
ここからが本番だ。
17. Rc3 Nd7
18. Rfc1
このあたり、まだcポーンが焦点になっているがKasparovは うまく狙いをそらし、いよいよこの演目の佳境にさしかかっていく。
18. … Rcb8
19. Rb3 c4
20. Rxb8+ Rxb8
21. Qxa5 Rxb2
さて、このポーンの交換で黒はパスポーンを得た。おそらくこれで黒優勢だろう。 カスパロフはこの有利を信じられないほどの華麗さで勝利へとつなげた。
22. Nd4 Kg8
ナイトを動かすための準備。f8のままではチェックでクイーン交換を強制される。
23.Ra1 Nc5 24.Qa8+ Kh7 25.Qa3 Rb6 26.Bd1 g6 27.Bc2 Bd7 28.h3 Qd6 29.Qa5 Ba4
黒はちょっとしたタクティクスを用いてバッドビショップを捌く。
30.Bxa4 Ra6 31.Qb5 Rxa4
ぱっと見の印象でも黒がよさそうだということは分かる。両者パスポーンを持っているが、白のaポーンはブロックされていて、進められそうにない。しかし、黒のパスポーンだって進められないんじゃ?
32.a3 c3
黒はパスポーンを一歩進めた。素人目に見てもこのc3のポーンは危うく見える。
しかし、この後の展開を見るとこのポーンが絶妙なのだ。|
33. Nc2
パスポーンはナイトでとめる。これは確かにチェスの基本なのだが…
33… Qc7
34.Rb1 Ra7
35.Qe8 Rb7
36.Rb4
パスポーンやナイトの位置など白側からルークを交換したくない
理由がたくさんある。この後の展開も割りと自然な手順で進む。
そう考えると、Kasparovはこれからおきることの全てを予見していたのだろうか?
36… Kg7 37.g3 Ne6
黒のパスポーンを止める役割とa3のポーンを守る役割をc2のナイトに託したために、白ルークを活用することができた。しかし、逆に言うとc2のナイトは動けず、黒のナイトとの差は歴然。Kasparovはこのナイトを最大限活かせる場所へと移動させる。
38.Qa4 Ng5 39.h4 Ne4
こうなってみると白と黒のナイトの働きの差が大きい。ナイトは敵の陣地の近くでこそ有効なピースだ。
40.Kg2 Ra7 41.Qb5 Qe5
ここから女王様の奮闘が続く。全てを犠牲にして一兵卒のために…
42. Qb6 Qf5
まずは、ルークへの攻撃を無視してキングサイドアタックを仕掛ける。
43. f3 Ng5!
Ng5! c2とf3、h3のトリプルアタックになっている。パスポーンをとめたはずのナイトが負担になっている。
このあたりで黒一気に勝勢。しかし、Kasparovの決めは繰り返しになるが、華麗。
もし、この局面で白のルークとポーンしかなかったらどう判断するだろうか?
答えはc2で黒勝ち。パスポーンがとまらない。本譜もそのように進む。
44. hxg5 Qxc2+
45. Kg1 Qd1+
46. Kg2 Qe2+
47. Kh3 Qxf3
恋は盲目とはいうけれど…、女王はルークも犠牲にする。
48. Qxa7
ちなみにルークをとらない手も同様に見込みがない。
48… Qh1+ 49.Kg4 h5 50.Kf4 Qf1+ 51.Ke5 Qf5+ 52.Kd6 Qe6+ 53.Kc7 Qe7+ 54.Kb6 Qxa7+ 55.Kxa7
そしてとうとう前述のポジションになってしまった。
もうポーンはとまらない。そして女王に愛されたこの兵士は……
クイーンに?!
55. … c2
もちろん違います。
黒の次の手はc1=B??。僧侶となって女王の冥福を祈るのでした。
そうとも知らず白はこの手を見て投了しました。
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