本日はスカイツリーでGMラグラーブと羽生、森内両名との同時対局のイベントがありましたが、すっかり蚊帳の外のenju@つくばです。
久々に書評の投稿です。今回紹介するThe Kaufman Repertoire for Black and WhiteはThe Chess Advantage in Black and Whiteの続編にあたる序盤レパートリー本です。白番黒番共にすべての定跡を網羅するというコンセプトは同じですが、内容的には続編というには大分異なっています。
まず、“Chess advantage”では1. e4を採用していましたが、今回は1. d4を白番で採用しています。これは世の中の潮流というべきものかもしれません。現在のチェス界(のトップレベル)では1. e4は勝ち辛いと考えられているように思います。多くのトップGMが1. d4を自身のレパートリーに取り入れていますし、世界戦などでも1. d4ばかり指される時代になりました(黒番では1.e4 e5、1. d4にはGrunfeldを選択しています)。
もうひとつはチェス定跡本の潮流というべきでしょうか。多くの定跡でメインラインと言ってよい変化が選択されています。”chess advantage”では白番でRuy lopez exchangeやシシリアンの3. Bb5のラインなどマイナーなラインが選ばれていました。今回はQGDにはexchange(ただし、Nge2ではなくNf3)、slavにはmodern main line (6. Ne5)、semi slavには5. Bg5、KIDにはclassical varationというかなりガチガチのメインラインを薦めています。これはここ数年の定跡本の流行といってよいのではないでしょうか。
内容としてはコンピュータによる評価を重視しているというか徹底しており、著者の選んだ変化について著者自身相当自信を持っているようです。その真偽のほどはともかくとして、僕としてはこの本についていくつか不満点があります。
まず、レパートリーとして完成されていないことです。全部読んでいるわけではないのですが、少なくともdutch対策は不十分です。著者は1. d4 f5 2. Bg5を薦めているのですが、1.d4 e6の手順に対しては1. d4 e6 2. c4 f5 3. Nf3 Nf6 4. Nc3 Bb4という、およそ普通のdutchとは異なる変化しか示していません。
二つ目は、各定跡における変化や説明があまりない点です。正直この本だけで各定跡を勉強するには不十分です。各定跡でメインラインと比較的マイナーなラインがほとんど等価な分量しか扱われていないことなど、メリハリがないことが原因のように思います。
結論を言うと、おそらくこの本に書かれている定跡の選択は正しいと思います。新手なども書かれています。しかし、この本だけで各定跡を勉強することは不可能でしょう。自分で棋譜を調べたり、他の本の解説を頼らざるを得ません。この1冊だけで序盤をコンプリート!と思っている人にはお勧めしません。
追記:現在新版が出ています。
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