2006年の秋、直前のラウンドで優勝を決め、高揚感の冷めやらぬ中での最終ラウンドでした。優勝を決めた後の最終ラウンドでの黒番、「ドローでいいよね?」という気持ちも正直ありましたが、当時の私はキングズインディアンディフェンスを指していました。「KIDでドロー狙い?どうやって?」。そう、このゲームを見てもそう思うと思います。
白: Uehara, Shinpei (1596)
黒: Sakai, Enju (1722)
Tokyo Open (6) (2006)
1. d4 Nf6 2. c4 g6 3. Nc3 Bg7 4. e4 d6 5. f3
ゼーミッシュバリエーションです。白はポーンでセンターを支えてじっくりと黒のキングサイドを攻める狙いがあります。
5… O-O 6. Be3 c5
c5のポーンが落ちますが、気にせず突くというのがゼーミッシュの中でも有名な変化です。近年ではこのポーンサクリファイスは成立しないという話もありますが、このポーンを取らない本譜のような変化を好む白が、ネット、OTBを問わず多い気がします。
7. Nge2 Nc6
次のd5を心配する方が多いと思いますが、Ne5がc4に当たるので、黒には時間があります。
8. d5 Ne5 9. Ng3 e6
ここでもf4にはNeg4があるので、白はこの好位置にいるナイトをなかなか追い払えません。この変化のポイントでもあります。
10. Be2 exd5 11. cxd5 a6 12. a4 Rb8 13. h3
h3とすることで、f4は可能になりましたが、ここまでくると白は展開の遅れが逆に気になるところ。また、ポーンを突いたことによって弱まったマスもあります。
13… h5
この黒からのポーン突きも白としては悩ましい。h4を突かれれば、ナイトは引くしかありませんが、キャスリングした後ならh1に引くことになりますし、キャスリング前にf1に引けばさらにキャスリングが遅れます。かといってh4と突き返すのもg4を弱めてしまい、e5のナイトは永遠に追い払えません。
14. a5 h4 15. Nf1 Nh7 16. Nd2
ここまでベノニに近いポーン構造ですが、「私、KIDしか指せないんで」という雰囲気になってきました。f5を狙っています。
16… f5 17. O-O f4 18. Bf2 Qg5 19. Kh2 Nf6
黒はKIDらしくキングサイドにピースを集めましたが、ポーンブレイクが難しく、どう攻めていくのかは難しいところでもあります。しかし、白のクイーンサイドの攻めは遅く、白もどう守るかは簡単ではありません。
20. Nc4 Nxc4 21. Bxc4 Nh5 22. Qe1 Ng3 23. Rg1 Kh7 24. Rb1 b5
黒がナイトをg3に配置したことでひとまずキングサイドが落ち着き、白としてはクイーンサイドでの反撃に転じたいところですが、黒はクイーンサイドのポーンも伸ばし、盤面全体を支配しにいきます。しかし、そんなに簡単にいかないのがチェスです。
25. axb6 Rxb6 26. b4?
驚きました。白はクイーンサイドのポーンをサクリファイスしてきました。よい手ではないのですが、思ったよりも難しいです。黒はキングサイドにピースを集中しているので、クイーンサイドでアクティブな動きがあると対応しきれません。
26… Rxb4 27. Rxb4 cxb4 28. Na2 a5 29. Bb6
こうなってみると難しさが分かるのではないでしょうか?。黒はクイーンサイドにコネクテッドパスポーンを作り、有利だと思いますが、黒のメインの戦場はキングサイドで、狙われたポーンを守る手段がありません。このポーンを白に何事もなく取られてしまえば、逆に白の優勢になりそうです。悩んだ末にあるアイデアが頭に浮かびます。確信はないけれども、考えれば考えるほどよい手に思える。時として読みなど関係なく直観的にその手が正しいと思えることがあります。そして、そのような場合ほぼ間違いなく正着手です。
29… Nh5
一度入ったナイトを戻す奇妙に見える手です。この後に狙いがあります。
30. Qf2 Qg3+
狙いはこのクイーン交換でした。チェックなので避けようがありません。え?と思った人もいるのでは?ちなみに、Qf2の前にa5のポーンを取るのもBd4とされて白良くありません。
31. Qxg3 fxg3+ 32. Kh1
一連の交換の後、黒に手番が渡りましたが、白のキングサイドのポーンは閉じてしまい、最強の攻め駒であるクイーンも交換してしまいました。黒の攻めは継続するのでしょうか?クイーンサイドのポーンは守れるのか?キングサイドはどう切り開くのか?
おいおい、冗談だろ?KIDプレイヤーなら知ってるよな?白のキングサイドをどうやって開くのか?
いや、しかし、もうクイーンもいないし、、、
クイーンがなけりゃサクレねぇとでも・・・?
サクりとは心の所作(ではない)
32… Bxh3!!
そう、KIDにおける典型的なサクリファイスがここでもなお決まってしまいます。
ポイントは二つ。gxh3の後、黒はクイーンサイドだけでなくキングサイドにもパスポーンが作れます。もう一つc8のマスをルークに明け渡したことです。白はクイーンサイドにピースを集中させていますが、お互いに守られておらず、連携が取れていません。そこを突くことになります。
33. Bxa5
最善です。白はピースを取るよりもコネクテッドパスポーンをどうにかしたい。
33… Bxg2+ 34. Kxg2 Nf4+
このチェックが入って、優勢がはっきりするでしょう。黒のキングサイドのポーンが脅威であることも明らかです。
35. Kh1 Rc8!
閉じたfファイルの代わりにcファイルにルークが転じて勝負ありです。Bd4からgポーンのプロモーションも止まりません。
36. Rc1 g2+ 37. Kh2 Be5 38. Kg1 b3
Bd4からプロモーションを狙う手が最善であったようですが、私はこのポーンムーブが気に入っています。白のピースの連携の悪さを象徴しています。
0-1
エピローグ
さて、いかがだったでしょうか。当時1700台前半のレーティングしか持たなかった私が、歴史あるオープン大会をこのようなアタッキングゲームで制する、OTB大会の経験がある方であればその高揚感が想像できるのではないでしょうか?
東京オープンを全勝で制したにもかかわらずレート1800の壁をこえられなったE、この後、なんと日本チェス協会のレーティング調整で初めて1800を超えることになります。そこからレート2000への道を目指すことになるのですが、、、それはまた別のお話で。
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