昨年(2020年)世界中でヒットしたチェスをモチーフにしたドラマ「クイーンズギャンビット」ではチェスに関する用語などが多用されていますが、なんら説明がされていないことが多いです。
アメリカ人の方なら分かるからとか、説明が入っているとドラマの雰囲気を壊すからとか理由は色々あると思いますが、チェスに馴染みのない普通の日本の視聴者には難しいシーンも多い気がします。
本記事ではチェスプレイヤーの視点で説明を加えさせていただこうと思います。記事の内容上、ネタバレがある程度あるので、お気を付けください。
はじめに
ケンタッキー州大会で優勝したベス、家族を経済的に支える意味合いも含めて、さらにチェスの大会へと参加はじめます。最初の大会とは異なり、すでにその存在が知れ渡り、周りから意識されるようになっているようです。ベスはシンシナティで開かれた大会に参加しています。
謎のカウボーイハット
カウボーイハット(でいいんですかね?)の謎の男が登場します。いかにも強そうなその男が意味ありげな言葉を連発します。
ルークが7段目にくる
いきなりのセリフがこれです。7段目とはチェス盤の横の列で、自分から見て7つ目の列のことです。ここにルークを配置すると強いと一般に言われています。
カロカンディフェンスは悪くない!
そして、いきなりカロカンディフェンスはダメだとか不穏なことをいい出します。いや、ダメだって、怒る人いるって。
カロカンディフェンスはやはりチェスの定跡の一つで、下図のような配置から始まる定跡です。
しかし、彼が検討している局面を見てみるとすでに中盤に達しており、序盤関係なさそう。カロカンディフェンスに濡れ衣を着せています。ポーンだけで希望がないというコメントもよくわかりません。
正直私もこのシーンのやり取りはよくわからないのですが、「新たな天才現る」という演出の小道具に使われている気がします。カロカンは理不尽ないじめに遭いました。イジメ、ダメ、絶対。
ミーゼス対レシュエフスキー
「ミーゼス対レシュエフスキーだね」というセリフに??となった人もいるかもしれません。これは今並べていたゲームがミーゼス対レシュエフスキーのゲームを再現したものだという意味です。次にカウボーイハットは「1935年マーゲイト」だと追加情報を入れていますが、これは1935年にマーゲイトという場所で指されたことを言っています。このように対局者、年、地名でチェスのゲームを表記特定することが一般的です。
このゲームに興味がある方は下記のリンクを見てください。
このシーンのもう一つの意味は、ベスが初めて強そうな人たちと接触したということだと思います。上記の会話の中で、カウボーイハットと話していたプレイヤーは「ポーンを取る」とベスと同じ速さで手を指摘しています。一方で、今のゲームがミーゼス対レシュエフスキーであると指摘していることから知識を備えていることも伺えます。ベスはやや動揺しているように見えます。
レシェフスキー
レシェフスキーはボビー・フィッシャーの一世代前のアメリカのベストプレイヤーです。元々はポーランド生まれですが、8歳の時にアメリカに渡っています。彼は世界チャンピオンや挑戦者には手が届きませんでしたが、かなりの強豪で、特に幼少時から才能を発揮した天才児として有名です。学校に行かせずにチェスの大会に出場させていたために、問題になったこともあったようです。この辺り、ベスとも共通点があります。
オープン大会には出ないほうがいい?
カウボーイハットは別れ際にオープン大会に出ても辛いだけだしね、といって去っていきました。
どういう意味だろうと思った人も多いのでは?
私も正確なことはわかりませんが、世界の本当のトッププレイヤーはオープン大会には出ないことが多いです。オープン大会は前にも述べたとおり「誰でも出られる」大会です。そのような大会では様々な対戦相手と当たりますし、実力差のある相手とも当たります。
そうなると、珍しい定跡だけを研究している相手の罠にはまることもありますし、あるいは白番でドローでもいいやとおとなしい定跡を選んでくる相手もいます。そのような相手に絶対に勝たなければならない(ドローでもレーティングが下がります)とリスクを取って勝ちにいくことは労力が大きいと考えるトッププレイヤーが多いのです。その辺りが、「辛いだけだしね」という言葉に反映されているのでしょう。
ラスベガス 1966年
母親とともにチェスの大会への出場を続けていたと思われるベスですが、時間が少し飛んで1966年になっています。シンシナティの大会から3年後です。
ここでハーモンはタウンズと再会します。そして、記者であるタウンズからホテルの自分の部屋で取材を受けないかと提案されます。ベスは動揺しながらもその申し出を受けるのですが、、、
ルイロペス
タウンズは写真を撮る際に「チーズ」の代わりに「ルイロペス」と声を掛けます。
ルイロペスは定跡名で以下のような形です。
それはともかく、ルイロペスって、発音しても笑顔の形にならないですからね、ベスが爆笑するのも分かります。
タウンズはゲイ?
ちょっといい雰囲気になりかけていたベスとタウンズですが、ホテルの同室のロジャーが帰ってきてから風向きが変わります。
まったく、チェス関係ないですが、タウンズはゲイという設定じゃないですかね?
ベスは部屋に戻るとやけ酒のようにビールをがぶ飲みしており、こんながちムチ男と同室→ゲイという結論に達したようにしか見えません。
これは私だけが思ったわけではないようで、ネット検索するとタウンズはゲイなのではないかという英語の記事が出てきます。その記事の中でハッとさせられたのですが、この時代のアメリカ合衆国において、同性愛は法律で禁じられていました。つまり、たとえタウンズがゲイだとしても本人はそれを明らかにすることはないし、ベスがそれをはっきりさせようとすることもあり得ないだろうということです。
そう考えると、本編の中で男性に積極的で奔放であったベスが、タウンズに対してはアプローチしなかったことも納得できます。まぁ、本当に好きな相手には行動出来ないっていうパターンもあり得ますが。
ただ、部屋に戻ってきたベスがタウンズの名前を確認するシーン、彼のファーストネームを確認するだけなのか、それ以上の意味があったのかちょっとわからなくて気になりました。名前を確認するだけならば、その後のがぶ飲みのシーンとの連続性が変な気がします。
追記:実は原作本では扱いが異なっていました。興味がある方は下記記事も読んでみてください。
ベニーワッツ
ここで突然カウボーイハット男の名前が発覚します。
モーフィー以来の天才
ベニーはモーフィー以来の天才と呼ばれているそうです。モーフィーは19世紀のアメリカのチェスプレイヤーで、たった数年しか活動していませんでしたが、その間にチェス界を席巻しました。チェスにおける元祖天才です。
8歳の時にナイドルフとドロー
ナイドルフは有名な定跡名ですが、ここではその由来となった人物のことです。アルゼンチンのチェスプレイヤーで、もちろん世界的な名手です。その相手に8歳でドローを取ったとなると尋常ではありません。
いちいちカロカンをディスるベニー
3年前の発言にもありましたが、ベニーはカロカンが嫌いなようです。説明がないので、やはり具体的な内容は分かりません。
QGDとスラブの関係とは違う
QGDとはクイーンズ・ギャンビット・デクラインドの略、スラブは別の定跡名ですね。初手が同じなので比較されることもあり、QGDが手堅く、スラブはやや鋭い定跡です。「QGDとスラブの関係とは違う」と言っていることから、カロカンと別の定跡を比較していたのでしょうが、具体的な発言がないので、わかりません。このあたりも「天才のキャラづくり」でしょうね。話を聞いていた相手も、よく分からないといった雰囲気で場を離れます。
ベニーとの初対戦(?)
この大会の最後にベニーとの初対戦(?)があり、ベスは負けてしまいます。前回の初対面から3年が経過しており、その間に対戦がなかったのかとか、ベスはその間に一回も負けたことがないのかとか疑問が湧きますが、そのあたりは物語だから仕方ないですかね。
初手から考え始めるベス
先手番で試合が始まったものの、なかなか指さないベス。頭の中でシミュレーションしているようで、駒が高速で動いています。いくつかの定跡を指されることを想定してイメージを膨らませているようです。
全部白のベスがe4を指した後の展開で、相手が手を指す前から考えても仕方なくない?と思うかもしれませんが、実はこのようなことは珍しくありません。初手から考えることはさすがに珍しいですが、まだ覚えている定跡手順の途中であっても、思い出すように考えることはあります。相手の棋風やトーナメントでの現状を考え、どのラインを選択するか事前に考えます。相手の応手に冷静に対処できるような効果もあると私は思っています。
まとめ
どうもベニーの謎コメントに振り回されたエピソード3でした。チェスを知らない人にはよくわからないでしょうが、チェスプレイヤーの目から見ても謎なコメントが多く、不可解でした。また、シンシナティからラスベガスまでに3年間があいているのですが、その間のベスの活動もわかりません。全米選手権に出ていたような発言がある割には、ベニーとは初対戦のように見えるし、やや不可解なエピソードです。そのあたりは原作を読めばわかるのでしょうか。
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