Chess is such a difficult game ーチェスを理解することは可能か?―

チェスを本気で強くなりたいと思った時、誰もが様々な手段を使って勉強すると思います。昔ながらにチェスの本を読んだり、ネット上の動画を見る。このブログを読むことも読者の皆さんにとってはその一環かもしれません。しかし、根本的な問題としてチェスは勉強することで理解できるのでしょうか。今回はこのことをテーマにしたいと思います。

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大雑把なチェス理論の歴史

 まず、僭越ですが、チェスの理論の歴史的な背景について見ていきます。

 19世紀終わりから20世紀初頭に活躍した初代世界チャンピオンのシュタイニッツは、チェスにおいて「プラン」というものが必要であり、プランに基づいてチェスを指すべきであると提唱しました。そして、そのプランは局面のポジショナルな評価に基づいて形成されます。それまでのチェスの名人たちは、直観的にはそのことを理解していたかもしれませんが、意識的に上記のことを明文化した点がシュタイニッツの功績であると考えられています(もちろんこれは分かりやすく解釈された「歴史」だとは思いますが)。

 一方で、第二次世界大戦以降のチェスの名人たちは、シュタイニッツが提唱するポジショナルな局面評価は「静的」なものであり、イニシアティブ(主導権)と呼ばれる動的な要素もチェスにおいては重要であることを発見しました。イニシアティブによって、一時的なポジショナルな不利が覆される可能性を発見し、チェスはよりダイナミックで魅力的なゲームとして発展したわけです。

 以上が、簡単なチェスの理論の歴史です。だとするならば、静的な要素と動的な要素を勉強すれば、誰でもチェスを強くなることが可能になります。実際、チェスの中盤の本はそのような構成がされています。しかし、もちろん、そんな単純にはいきません。実際には同じ内容を「勉強」しても強くなる人もいれば、そうでもない人もいます。

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明文化された概念への疑い

 20世紀の終わりに上記の明文化されたチェスの理解に対して疑義を投げかけるような著作が発表されました。イングランドのインターナショナルマスターであるJohn Watsonが1999年に出版した “Secrets of Modern Chess Strategy“です。本書の中でJohn Watsonは、それまでチェスで常識として捉えられてきた固定概念において、いかに例外的な事項が多いのかということについて、統計的な分析を交えつつ論じました。クローズなポジションではナイトが強く、オープンなポジションではビショップが強いというような議論は数多くのチェスの本で論じられていますが、そのような場合にも「クローズなポジション」、「オープンなポジション」という要素以外の要素の存在によって、ポジションの解釈(白黒どちらがいいか)が決まっていると述べられています。つまり、「チェスの常識」だけでは正しい手を見つけることは不可能で、そのような局面においても、強いグランドマスターたちは既存のルールに従わない手を「直観的に」選択し、正しい手を見つけ出しているのです。

 一方、アメリカのグランドマスターYermolinskyはその著書”Road to Chess Improvement“の中で、『チェスはいわゆる科学的な手法だけで解説することが出来ない。子供が言語を学ぶ時と同じで、科学的に説明できることもあるし出来ないこともある。』と述べています。私個人は「科学」という言葉の使い方に不満がありますが、内容には概ね同意します。

 では、チェスを学ぶことはできないのか?結局のところ才能できまっているか、という疑問が出ると思います。もちろん才能は重要でしょう。しかし、その前に多くの人が誤解している点があると私は思います。

チェスは明文化できるか

 読者の皆さんにまず問いたいことがあります。

チェスは言葉でしょうか?

こいつ何言っているのか?とうとういかれたかと思ったかもしれませんが、私が言いたいのはチェスを言葉で全て言い表すことができるか?ということです。

 たとえば、皆さんが自転車の乗り方を説明されたとします。説明が終わったので、じゃあもう自転車に乗れますよね?と言われたらふざけるなと思うでしょう。実際に乗ってみなければ分からないことがたくさんあることを皆さんは経験的に知っているからです。つまり、言葉では表現しきれない部分があることを知っているのです。

 ところが、不思議なことに、ことチェスに関しては(あるいは将棋など他の頭脳ゲーム全般も)、言葉によって説明ができると信じている人が多いのです。なぜこの局面で白がいいのか説明ができるはずだと思いこんでおり、強い人に「なぜこの局面で白がよいのか」その答えを求めたことがある人は多いはずです。しかし、基本的にはそんなことは正確にはできません、できるはずもありません。なぜならチェスは言語で内包できないからです。もちろん、できる振りはできます。また、言葉だけで説明できる部分だけで(メイトだとか大きな駒得だとか)その局面のほとんどが言い表せることもあるでしょう。しかし、そこに一般性はありません。もし、自信満々に局面評価を「常に」する人がいれば、その人は嘘つきだと思いましょう。

 ここで、本記事のタイトルに戻りましょう。

Chess is such a difficult game

です。チェスを言葉で全て表現するには難しすぎるのです。強いプレイヤーほどそのことを知っています。

チェスの勉強とは何なのか

では、チェスを勉強によって理解することはできないのでしょうか?

私はそうは思いません。上記のことは言葉によってチェスを完全に理解することができないと言っているに過ぎません。多くの人が、チェスの本や動画などでチェスを勉強しています。当然、それらは言語によって解説されています。そのため、言葉で説明できない部分が抜け落ちており、完全にチェスを表現できていません。

つまり、自転車を乗れるようになるために練習するのと同様に、「体験的な」勉強が必要なのです。言葉によるチェスの解説には零れ落ちた部分が存在することを意識したうえで、その部分を補完するために実践的な勉強をする必要があります。それは実戦(ブリッツではなく、ある程度時間が長めの)でもよいですし、問題集(タクティクスだけでなくポジショナルな問題も)でもよいでしょう。

チェスを理解することは可能か?

ここまで読んでいただければ、私が

チェスを理解することは可能だ

と考えていることが分かっていただけるかと思います。

私は人はチェスを理解することができると思っています。もしかすると誰にでもできるかもしれません。しかし、それは本を読んだり、動画を見るだけでは達成できないでしょう。

まとめ

人は分かりやすい言葉によって理解することを求めます。本屋に行けば、How to本があふれています。この文章を読んでいるあなたが求めるものも同じかもしれません。しかし、あなたが本当にチェスで上を目指すのであれば、誰かの説明だけでチェスが理解できるとは思わないでください。言葉から抜け落ちていると思われる何かを自ら探す努力を続けてください。

もちろん私もチェスの迷宮内をさまよう一人の探検家に過ぎません。皆さんと共に精進を続けていきたいと思っています。

Secrets of Modern Chess Strategy

Road to Chess Improvement

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