戦略的な思考の実践 -チェスの基本シリーズー

皆さんは「チェスの戦略知ってるとよくわからない局面でもうまくさせるようになるんでしょ?」とか思ってますかね。私自身はそこまで楽観的な考え方はしていませんが、それでもゲーム中に戦略的に考えて手を探していることはあります。

私は決してトッププレイヤーというわけではありませんが、そのようなプロセスを公開することで、ある程度参考になるかもしれないと思い、記事にしてみました。

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東京チェス選手権2021 1Rの局面から

全国に100万人はいると言われる私のファンの方であれば、「お前、1R負けたじゃん」ということがすぐに思い浮かぶかもしれません。でもそんなの関係ないんですよ。戦略的思考ですから。このラウンド、私は戦略的には相手を上回り、エクスチェンジを切り、パスポーンを作り、そして戦術的見落としで負けました。チェスとはそういうものです。「戦略」というものに過剰な期待は危険だと思います。

それはともかく次の局面を見てみましょう。

戦略が必要になる時

Eは黒番で、この局面で手番です。

この30分+30秒フィッシャールールという短めの時間設定もあり、ここまでさして時間を使わずに進めてきましたが、ここで少し困り時間を使って考えていました。

少し知識のある人であれば、このようにナイトがe5に居座り、f4, d4で支えられた局面において、どのように対処するのが一般的かを知っているはずです。この局面でNf5, Be7, Nd6として次にf6のナイトをe4に突っ込めばいいんだろ、簡単だよと思うはずです。ここまでは戦略というよりも知識の話ですかね。

私もNe7と引いた際にはそういう想定をしていましたが、同時にちょっと嫌な感じもしていました。

通常の流れで言えば、

15… Nf5 16.Bf2 Be7 17.g4 Nd6 18. g5 Nfe4となります。

しかし、今h6にポーンが突かれているためにg5がh6にも当たっています。

hファイルは開かざるを得ず、少なくとも15手目時点での自分には危なく見えました。

ここまで想定していた流れの手が指せなくなったということで、ここで戦略的な思考の出番になります。

局面の評価

最初の局面に戻ります。私の局面評価としては

  • 白のe5のナイトが強い
  • 黒はクイーンサイドのポーンを突いて反撃しそう

ということです。また、白のナイトが脅威なので、これを取り除いてからクイーンサイドでの反撃を試みるというところまではパッと判断ができました。なぜクイーンサイドから即反撃して攻め合いにしてはいけないのか、ともし尋ねる人がいれば少し回答は難しいのですが、局面が切迫していないからと答えるでしょうか。

強いナイトへの対処

まず、強いe5のナイトに対してどう対処するかという話ですが、これに関しては戦略的な知識として、ポーンで追い払うことができれば、その手が一番有力です。この局面で言えば、f6がその手にあたります。また、この際に駒交換にならない方が好ましいというのもよく知られた知識です。つまり、f6に今いるナイトをd7に引いてf6を突くのはあまり望ましくありません。

ここまでは知識なので、まったく考えていません。

f6の実現の仕方

では、f6をどう実現するかという話になります。f6に今いるナイトをどかしてf6を突くわけですが、d7が好ましくないとすると、e8かe4になります。ひと目、e4にナイトが入る方がアクティブで良さそうですが、気になるのはNxe4 dxe4後のe4のポーンの弱さです。このe4のポーンの弱さが深刻かどうかを判断しなければなりません。当然、Ne4を指す前に考えるわけですが、ここでは局面評価を行うために手を進めてみましょう。

数手先の局面評価

15… Ne4
16.Nxe4 dxe4

このような交換が進んだ後のe4のポーンは弱いです。基本的に弱いポーンとはポーンによって守られてておらず、なおかつ守ることが不可能なポーンのこと(これも知識)です。今、e4のポーンはf5を突けば守ることができますが、それではf6の狙いが実現できません。つまり、ほぼ知識としてe4のポーンは弱いので、これが深刻かどうかを判断する必要があります。

e4の弱さの評価

弱さの深刻さの評価はその弱点がどれぐらい狙われやすいかで見積もります。

今、eファイルはオープンファイルではないので、e4のポーンを狙うことができるのはクイーン、白マスビショップ、ナイトの3ピースです。このうち白マスビショップでe4を狙うのはかなり大変で、手順がかかります。つまり、少なくとも今すぐe4の弱さを狙われることはなさそうだと結論できます(2ピースで狙われても簡単に守れます)。ここまで判断して、私はNe4を指しました。また、このポーンの存在によりe5のナイトがg4にしか逃げられないことも考慮に入れています。

ここまでのプロセスで「知識」と書いたところはほとんど時間をかけていないので、このe4のポーンが弱いかどうかの判断にのみ時間を割いています。

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ナイトを追い払った後の局面

弱いe4のポーンを受け入れても問題ないと判断したので、あとはf6でナイトを追い払うところまでは進めてしまいましょう。

16.Rae1?

この手は戦術的なミスのようですが、私は咎めることができませんでした。

16… f6
17.Ng4

戦術的な見落とし

先程思い描いていた局面が実現したことで、私はここで次の戦略的なプランを考えていました。おそらくそのことにより、ここでの戦術的な解決策を見逃しました。こうしてみてみれば、Rae1はg3のビショップの行き先を減らしており、タクティカルな可能性を感じ取るべきだったかもしれません。

ここではすぐにNf5と入るとg4のナイトまたはg3のビショップがトラップできそうです。例えば、17… Nf5 18.Bf2 h5でナイトがトラップされます。

局面の評価 その2

図面縮小して再掲

気を取り直して、ここでの局面評価に移ります。最初の局面でも触れたように黒にはa5, b4とクイーンサイドのポーンを突いていくわかりやすいプランがあります。そのためにも黒はキングサイドをなるべくクローズにして、白からのアタックを遅らせたいと思いました。そのためにはf5と突くべきですが、すぐにつけば当然ナイトがe5に戻ってきてしまいます。黒としては白のナイトがg4から別の場所に移動した後にf5と突いて局面を閉じたいです。つまり、f5は今すぐには突かないけれども、白の応手によっては突くぞと心に決めました。

一方で気になっていたのはe7のナイトの使い道です。Nf5としてe3の地点にプレッシャーをかけつついつでもg3のビショップと交換できるようにするのがよいように思いました。また、白のRe1はe3のポーンが狙われた際にビショップをどかしてe3を守る狙いだろうと思ったので、次の白の手は(e3のポーンの守りを外す)Nf2だろうと予想を付けていました。で、あるならばすぐにはNf5とせずに白のNf2を待って、Nf5とすることで主導権を取ろうと思いました。白のNf2もポーンを狙っている手ですが、黒からのNxe3はナイトフォークになるので、白はNf5に対処せざるを得ません。

以上のことから、次の1手はすぐには役に立たないけど、後々効いてくる手を指そうと思いました。つまり、クイーンサイドの攻撃の準備になる手を指すのがいいだろうと考えました。

有効な手待ちとなる手は?

図面縮小して再掲

上記の局面評価の結果、すぐにはNf5とせず白の手を待つことにしました。では、どのような手で待つのがよいだろうという話になります。

パッと思いつく手は

  • a5(ポーン進める準備)
  • Rfb8(ポーンサポートする準備)
  • Bd5(ルークにbファイルを明け渡すため)

でした。ここはあくまでも手待ちなのでそれほど時間を使わず、自然と思われる手を考慮しました。

この局面、まだf5としてキングサイドを固める前なので、少し落ち着いた、局面を大きく変えないけれど後々役に立ちそうな手を指そうと思いました。そうなるとポーン構造を変えるa5とルークをキングサイドから離すRfb8が選択肢から消えました。結果、

17… Bd5!?

と指しました。ここで、d5の位置はa2-d5のダイアゴナルに効いており、後々のポーンプッシュのサポートになることも計算しています。

18.Nf2 Nf5

先程の局面評価の内容が実現しています。

19.Bg4

実は、このBg4は想定していなかった手でした。なぜかわからないのですが、Bd1の可能性だけを考えていました。しかし、すぐに黒のプランにとってより都合がよいことに気が付きました。

19… Nxg3
20.hxg3 f5

f5突きが実現した上にビショップに当たっており、黒は1テンポ稼いでいます。


21.Bh5 a5

白がBg4としたことで、テンポを稼いでa5が指せています。黒はキングサイドを閉じたうえで、クイーンサイドのポーンを進めるという当初のプラン通りに局面を進めることができました。黒優勢だと思います。

このあと、クイーンサイドのポーンを進め、エクスチェンジを切り、パスポーンを作って、負けました

まとめ

今回、ゲーム中の自分の戦略的な思考プロセスに的を絞って解説しましたが、いかがだったでしょうか。ごくごくありふれた局面なので、馴染みやすかったのではないかと思います。もちろん、今回紹介した内容が、このポジションでの最善のプランかどうかは私にはわかりません。

また、「お前の考えていることは戦略ではない」とか「戦略は考えているが、惜しいな、やり方がシュタイニッツに従ってない」とか思う人がいるかと思いますが、私も「正しい戦略的考え方」を提示することを目的としていません。

本記事の目的は、ゲーム中にどういう手を指せばいいかわからなくなってしまうという人に向けて、私がゲーム中にどのように考えて手を考えているかを提示したものです。おそらく、これが参考になる人もいるでしょうし、ならない人もいるでしょう。そのあたりのことはご自身で取捨選択して読んでいただければいいかな、と思います。

反響がよければシリーズ化しようかと思いますので、ツイートなどにコメントしてください。

戦略を扱った本として比較的最近の本でよいと思ったのは以下です。

Chess Strategy for Club Players

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