初代世界チャンピオン、ヴィルヘルム・シュタイニッツのゲームを紹介します。
ヴィルヘルム・シュタイニッツ
Wilhelm Steinitz
ヴィルヘルム・シュタイニッツはオーストリアのチェスプレイヤー。1866年にアンデルセンにマッチで勝利して以降、世界最強の評価を得ていた。実際に正式な世界チャンピオンになったのは1886年にZukertortと最初の世界チャンピオン戦に勝利した20年後。そう考えると、ラスカーに敗れた1894年まで実に30年近く世界のトップだったことになる。初代世界チャンピオンということ以外は地味な感じのシュタイニッツですが、すごいプレイヤーだったんじゃないですかね?
シュタイニッツの功績と言えば、やはりpositional playの提唱者であるということ。局面を評価し、その評価を元にプランを考えて指すという考え方はシュタイニッツが元祖だ。ただ、彼の棋譜がpositional playの名局として戦略本で紹介されることは稀だ。なにせ元祖なので、間違いも多かったという評価で、シュタイニッツの理論を学ぶならルビンシュタインのゲームを並べろ、と言われることもある。
本記事で紹介するゲームは、1895年、既にシュタイニッツが世界チャンピオンを失った晩年のゲームです。見どころはラストの数手。なんだか笑ってしまうようなルークの動きに注目していください。
Steinitz’s Unwelcome Rook Gift
Steinitz vs. Curt von Bardeleben,
Hastings 1895
見出しはゲームの内容から私が勝手に考えました。翻訳すれば「Steintzの迷惑なルークギフト」という感じか。
1.e4 e5 2. Nf3 Nc6 3. Bc4 Bc5 4. c3
e4e5からBc4でオーソドックスなイタリアンゲームになりました。c3は次にd4としてd4、e4のセンターにポーンを並べる意図です。
4… Nf6 5. d4 exd4 6. cxd4 Bb4+ 7. Nc3 d5!?
d5はイタリアンゲームの黒にとってポイントになる手で、好手になることが多いですが、ここではNxe4とc3のピンを利用する手がメインです。とはいえ、100年以上前のゲームの定跡にケチをつけても仕方ない。
8. exd5 Nxd5 9. O-O Be6
ここで黒はc3を取ることもできましたが、展開で遅れているため危険です。次にキャスリングできれば、ややピースの配置が不安定に見えるもののおそらく黒満足でしょう。
10. Bg5 Be7
このため、白はBg5と駒を展開しつつ黒クイーンを攻撃することで、黒にキャスリングを許しません。これに対して黒はBe7と守りつつg5のビショップを攻撃することで対応を迫りました。さて、ここがこのゲームのCritical positionでしょう。白はBxe7, Nxe7とただ交換しても優勢ですが、シュタイニッツは黒にキャスリングを許さない手順を考えます。
11. Bxd5 Bxd5
ここでBxg5では、Bxe6からd5でテンポよくeファイルを開かれてしまいます(下図)。
12. Nxd5 Qxd5 13. Bxe7 Nxe7 14. Re1
さて、本局の見所はここからでしょう。黒はキャスリングをしていませんが、駒交換が進んでおり、クイーン、ルーク二つにナイトしか残っていないので、何とかなるんじゃないかと思う人もいるかもしれません。こういうポジションで「私の勝ちだ」と思えるのがアタッキングプレイヤーなんだろうな、と私は思います。
14… f6 15. Qe2 Qd7
白はピンを利用して黒ナイトの動きを封じ、黒のキャスリングを防ぎました(キャスリングするとナイトが取られてしまいます)。とはいえ、黒もそのことを予期しており、f6としてKf7の準備をしています。こうすれば黒のルークもつながり、黒の不利もだいぶ解消されます。このあたり白黒共に正念場です。
16. Rac1?
ここでシュタイニッツにミスが出ます。オープンファイルにルークを配置する自然な手ですが、Rad1が正着ということで難しいです。詳しい説明は省略しますが、この局面、白のメジャーピースは十分に活用できるので、f3のナイトをどう攻撃に参加させるかがポイントになります。
16… c6?
しかし、黒にもミスが出ます。正着は自然なKf7ですが、黒とすれば先に他の手を指す余裕があると思ったのでしょう。c6はcファイルで狙われているポーンを守ると共にd5のマスも守っており、有効な手のように見えます、、、が、
17. d5!
白はd4のマスをナイトに明け渡します。ここで、dxc6とポーンを崩す手がスレットになっているので、テンポが稼げていることもポイントです。c6と指したことがマイナスになっているわけです。
17... cxd5 18. Nd4 Kf7 19. Ne6
白はナイトの侵入を果たし、すべての駒が完全に攻撃に参加しています。c7やg7にも弱点を抱えており、白勝勢ですが、どうやって決めましょうか?
19… Rhc8 20. Qg4 g6
黒はなんとかg7とc7を守っていますが、c8のルーク、d7のクイーンの位置取りが不穏ではないでしょうか?
21. Ng5+!
黒のクイーンが守られていないことを利用しています。黒はg5のナイトを取ることができず、Ke8とクイーンを守るしかありません。
21… Ke8
次の1手が本局の最大の見どころの始まりですが、ここまでくれば分かるのではないでしょうか?
25. Rxe7+!
このルークは取ることができません。Rxc8とQxd7があるので、白が駒得になります。Qxe7には簡単にRxc8+で勝ち。Kxe7はもう少し難しいですが、Re1+やQb4+から白が駒得します。
22. Kf8
そういうわけでキングが避けます。ここは白も気を付けなくてはなりません。Rxc1#のバックランクメイトがあるので、クイーンは取れませんし、白のナイト、クイーン、ルークすべて攻撃を受けています。普通の手では白負けてしまいますが、、、
23. Rf7+!
白は逃げたキングを追っていきます。このルークもRxc8があるので取れません。
23… Kg8 24. Rg7+!
さて、そろそろなぜこのゲームが名局と言われるのか見えてきたのではないでしょうか?このルークはタダで取られる位置のまま、相手キングにチェックをかけ続けていますが一切取れません。このルークの冒険はまだ続きます。
24… Kh8 25. Rxh7+
と、ここで黒投了しました。理由が分かるでしょうか?メイトまたは駒損が確定するからです。皆さんわかりますか?難しいですよね。メイトまでの手順を見てみましょう。
メイトまでの手順
29.. Kh8 25. Rxh7+ Kg8 26. Rg7+ Kh8
ここでKf8と逃げると、Nh7+でKxg7のルーク取りを強制され、Qxd7とクイーンを取ってクイーンアップが確定します。
27. Qh4+
hポーンを取ったことで成立するチェックです。ルークを取らざるを得ません。
27… Kxg7 28. Qh7+ Kf8 29. Qh8+ Ke7 30. Qg7+ Ke8 31. Qg8+ Ke7 32. Qf7+
私などはここまできてもまだ何とか守り切れるのではないかと思ってしまうのですが、強制メイトです。
32… Kd8 33. Qf8+ Qe8 34. Nf7+ Kd7 35. Qd6#
最後は、ああ、そのメイトの形かぁという見事なフィニッシュ。
まとめ
今回は初代世界チャンピオンによる見事なアタッキングゲームを紹介しました。上手い駒交換で黒のキャスリングを防ぎ、最後の見事なタクティクスは印象に残ったのではないでしょうか?
棋譜並べに興味があるという方であれば、日本語の本ではチェストランス出版の本があります。
また、洋書でも大丈夫ということであれば、下記の本がよいかなと思います。量は膨大ですけどね。
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