今回は将棋棋士羽生善治さんのチェスにおけるベストゲームと言われているゲームについて解説します。
Peter Wells vs Yoshiharu Habu
Essent Open (2005), Hoogeveen
現時点での羽生さんのベストゲームと言われているのは2005年のPeter Wells戦です。このゲームは確かNew in Chessという有名なチェス雑誌のコラムでも取り上げられていますし、Chessgames.comのthe game of the dayにも選出されており、国内だけでなく(というよりも国内以上に?)海外でも高く評価されました。
1. d4 d5 2. c4 c6 3. Nf3 Nf6 4. Nc3 e6
セミスラブディフェンスです。黒マスビショップの展開をどうします?と白に選択を迫っています。白がBg5と展開すれば激しいボトビニクバリエーションに突入することもできますし、大人しくクイーンズギャンビットディクラインドにトランスポーズ(手順違いで違う定跡に変化すること)することもできます。
5. e3
黒マスビショップの展開をいったん諦めて、キングサイドの展開を急ぐe3はメランバリエーションです。メジャーな変化の一つですが、ややドローが多そうです。
5… Nbd7 6. Bd3 dxc4 7. Bxc4 b5 8. Be2
やや珍しい手です。ここでのメインの手はBd3。Bd3に対しては黒の応手が研究されており、定跡知識でイコールにされてしまうのでBe2を指してきたのだと思います。
この手に対して羽生さんがきちんと用意していたかどうかは私には分かりません。ただ、もしここで定跡の準備を外れたとしたなら、どのような思考をするかは想像することができます。
序盤において知らない手を指された場合には、知っている手との相違点、特徴の違いを考えます。
ここでは、Bd3とBe2の違いを考えるわけですが、まず目に付くのはBd3がe4のマスに効いていることです。現状ではc3のナイトがe4を守っていますが、このナイトがどけばe4のマスの効きが外れますよね。
8… b4
前述の思考に沿った手です。c3のナイトを追い払います。しかし、ここでのメインムーブはBb7のようです。定跡のメインから外れた影響がこの後どう出るのか、気になるところです。
9. Na4 Bd6
まずはキャスリングを急ごうということでしょう。d6はe5でポーンフォークになることが気になる位置ですが、今はe4のマスはきっちり抑えているので大丈夫ですよね?
10. e4!?
ところが、白は突いてきます。
10… Nxe4 11. Qc2
この手が白の狙いでした。e4のナイトとc6のポーンの両当たりです。c6のポーンを取られた後に、a8のルークが狙われた上、d6のビショップの位置も不安定です。黒はかなり難しい判断を迫られています。
11… f5!?
この手はベストではなかったようですが、難しいです。コンピュータが推奨するのはNdf6とチェックでポーンを取られる手で、うーん、やはり難しい。
12. Ng5
e4のナイトをどかしてd6のビショップへの守りを外す狙いです。e6のポーンも狙っています。
12… Nxg5
この交換もベストではなかったようですが、既に黒は苦しい局面に追い込まれているという印象です。
13. Qxc6 Ne4
黒はa8のルークを取られてエクスチェンジダウンになりますが、Rb8と避けるとQxd6から崩壊します。
14. Qxa8 O-O 15. Qc6 Ndf6
黒はe4に強力なナイトを配置し、このナイトが命綱になっています。面白いのは、8手目にb4を突いてe4のマスを弱めた効果がここまで続いていることです。
白とすれば次にキャスリングをしたいところですが、やはりe4の強力なナイトが気になります。中央のナイトとツービショップによるキングサイドへの反撃が見えます。a4のナイトの位置も不自然ですし、クイーンサイドの展開も終わっていません。
次の白の1手も、気持ちは分かります。
16. f3?
キャスリングする前に黒の強力なナイトを追い払おうという手です。この手自体も危険に見え、白のGMは黒の手を色々読んでこの手を指したことでしょう。でも、予見できなかった。それぐらい意外性のあるタクティクスだったと思います。
ここでの白のベストはやはりキャスリング。しかし、面白いのは私の手元のエンジンではそれ以外の手はすべて黒良しであるということです。それだけ難しいポジションではあったわけです。
16… Bd7 17. Qa6 Bxa4 18. Qxa4
さて、ここが問題のポジションです。見ての通りe4のナイトが攻撃を受けています。黒は既に駒損をしており、強い手が必要です。ここで天才羽生の目に見えた道筋が、あなたにも見えるでしょうか?考えてみてください。
19. Bxh2!!
え、どういうこと?と一瞬戸惑うサクリファイスです。このビショップはポーンを取っただけでチェックでもないし、相変わらずナイトは攻撃を受けているし、、、、
黒の狙いはQxd4からQf2+です。その手を防ごうとすればBg3+があります。そのあとの展開も難しいですが、黒の攻撃が決まっています。
Bxh2がチェックなどの強制手ではないこと、そのサクリファイスの狙いがすぐには駒得やメイトにつながっていないことから見えにくいタクティクスになっています。
19. Rxh2 Qxd4 20. fxe4 Nxe4
白はさらにピースを取り、ルーク+ピースアップですが、黒の攻めが決まっています。ここではQg1+とQf2+が狙われており、同時には防げません。
21. Rh1 Qf2+ 22. Kd1 Rd8+ 23. Kc2 Qxe2+ 24. Kb1
黒の攻めはイケイケですが、決め手が見えなければまだまだ難しい局面です。ここも考えてみてください。
24… Nc3+!
この手でメイト受けなしです。おそらく、Bxh2の時点でここまで読み切っていたのではないでしょうか。
25. bxc3 bxc3 26. Ba3 Rb8+ 27. Qb3 Qd3+ 28. Kc1 Qd2+
このあと、c2, c1=Qがディカバードアタックでメイトです。
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