私がチェスを始めたころはインターネットの黎明期で、多くの人が趣味でホームページを作っていました。そのようなサイトの中には過去の名局を解説した内容も数多くあり、そうしたサイトを通してチェスの有名な名局を知ることができました。
理由は定かではありませんが、最近は逆に名局紹介・解説などの記事が少なくなっています。そこで、「チェスの有名棋譜解説シリーズ」として本ブログでチェスの名局を紹介していこうと思います。
初回の今回は以前異名付きの名局紹介記事でもご紹介したアドルフ・アンデルセンの”Immortal”です。
アドルフ・アンデルセンは19世紀中盤の棋士。ポーンやピースのサクリファイスで敵を追い詰める19世紀の激しいチェスを象徴する存在です。今回紹介する棋譜はImmortal(不滅の)と呼ばれる有名棋譜です。このゲーム以降「***(チェスの棋士の名前)のimmortal」と呼ばれるゲームは数多く現れましたが、このゲームがその元祖です。
Anderssen–Kieseritzky, London, 1851
1. e4 e5 2. f4
キングズギャンビットです。激しい展開で知られ、19世紀のプレイヤーからは好まれた変化です。ギャンビットというのは序盤でポーンを犠牲にして、展開の速さなどの代償を得る定跡全般のことを呼びます。
2… exf4
このように相手から提供されたポーンを取ることを「アクセプティド」と呼び、ここまででキングズギャンビットアクセプティドと呼びます。
3. Bc4 Qh4+
白はいきなりチェックを受けて大丈夫なのかと思うかもしれません。1手前でBc4と出たことで、f1のマスにちょうど逃げることができます。問題ないというか、これはキングズギャンビットですから、こんなもんでしょう。
4. Kf1 b5 !?
今度は黒の方からポーンを犠牲にします。この1局の中でも批判されることが多い手ですが、どのような狙いがあるかは理解しておく必要はあります。b5で白ビショップを攻撃しながらポーンを突くことで、黒は白マスビショップがc8-a6のダイアゴナルに出られます。また、白がポーンを取ってくれれば、ルークのためのオープンファイルができます。昔、ポーンを犠牲にしてファイルを開くことをふざけて1ファイルアップと言っていたことが私にもありました。
19世紀のチェスは雑だな、と思うかもしれませんが、実は現代でも似たようなアイデアが見られます。b5ではなく、g5ですが、スラブやブタペストなどで指されます。しかも、最近指されるようになった非常に「モダン」な手です。
5. Bxb5 Nf6 6. Nf3 Qh6 7. d3
白の黒マスビショップから間接的に狙われる位置にいますし、黒クイーンの位置が不穏です。この先しばらくこのクイーンが焦点になります。
7… Nh5 8. Nh4
一度展開したナイトをもう一度動かした黒を批判しようと思いましたが、白も同じようにナイトを動かしています。ただし、白のナイトはf5の好位置を目指しているのに対して、黒のナイトは特に落ちそうもないf4のポーンを守っているのみです。
8… Qg5
黒クイーンはさらに危険な場所に入り込んでいるように見えます。現代であればf5のマスを守るg6と指すでしょう。
9. Nf5 c6!?
この手自体で黒が非常に悪くなった、というわけではないのですが、今後の展開を見るとこの手が重要です。ビショップを狙っている手なのですが、もしビショップを取るとキングの前のマスがとても弱くなります。特にd5, d6のマスを相手ピースに使われると黒キングが危ういのです。実際、この弱さが狙われました。
10. g4 Nf6 11. Rg1
本格的に黒クイーンが狙われていきます。次にh4、h5とクイーンを追い詰め、Qf3からf4のポーンを取ってしまうのが白の狙いです。
11… cxb5?
この手を境に流れが白に傾きます。とはいえ、既に黒は苦しい状況に見えます。コンピューターはh5を推奨しますが、そのあとの変化も黒苦しそうです。cxb5は前述のとおりd5のマスを白に明け渡しています。Nc3からNd5で白は簡単にそのマスが利用できることもポイントです。
12. h4 Qg6 13. h5 Qg5 14. Qf3 Ng8 15. Bxf4 Qf6
前述の黒クイーンを追い詰める手順が実現しています。黒はピースを取っていますが、展開に大きな遅れが出ていることが分かると思います。f5とf4のナイトとビショップは好位置ですし、g1のルークだって、攻めに効いています。次はNc3からNd5で白の3ピースが黒キングに迫ります。
16. Nc3 Bc5
黒はビショップを展開すると共にg1のルークを狙います。展開が遅れている側の常套手段ではありますが、、、
17. Nd5 Qxb2
白のナイトはd5の好位置を占めましたが、g1, a1のどちらのルークも狙われています。特にQxa1と取られれば2つのルークが両方ともタダで取られてしまいます。どうするでしょうか?
18. Bd6!!
きっとルークは逃げないんだろうな、と思ったと思いますが、この手が見えたでしょうか。Bxd6には19. Nxd6+ Kd8 20. Nxf7+ Ke8 21. Nd6+ Kd8 22. Qf8#でメイトです。
18… Bxg1
コンピューターはここでQxa1+がベストと判断していますが、現代のAIをもってしてもこのポジションをすぐには正しく評価できていません。人間の感覚的にはQxa1、Ke2のあとg1のルークがクイーンに当たっているのが気持ち悪い。そこでQxg1はNxg7からメイトです。
19. e5!!
私がこのゲームの中で最も好きな手が、このポーン突きです。黒をあざ笑うかのような冷静な1手です。黒クイーンのa1-h8ダイアゴナルへの効きをとざし、Nxg7を実現します。もちろん、Qxa1が問題ないということを確認する必要はあります。
19… Qxa1+
2つ目のルークをチェックで取らせる、つまり相手に手番を渡している(チェックなので白キングが逃げ、黒番になる)点がこのゲームを名局にしています。
20. Ke2 Na6
メイトを防ぐならBa6ですが、些細なことでしょう。ここからメイトがあります。見つけてみてください。
21. Nxg7+ Kd8 22. Qf6+ Nxf6 23. Be7#
最後はクイーンサクリファイスでナイトをおびき寄せてメイトです。
1-0
棋譜並べに興味があるという方であれば、日本語の本ではチェストランス出版の本があります。
また、洋書でも大丈夫ということであれば、下記の本がよいかなと思います。量は膨大ですけどね。
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