今回は私がこれまで最も困惑させられた日本語のチェス本を紹介します。初めて読んだのは中学生の時、それから四半世紀が経ち、購入して再度読んでみましたが、「なにこれ?」という印象は全く変わりませんでした。
紹介する本は
今回紹介する本は河出書房新社の「勝ち方の基本戦術」です。以前はチェスマスターブックスという名前のシリーズでしたが、昨年末に装丁が改訂され、シリーズ名の表記はありません。ただ、チェスマスターブックスのラインナップは全て改訂され、同じ書名の本(おそらく内容も変更なし)が発売されます(2021年4月現在、シリーズのうち2冊が発売され、残りの刊も近日発売)。
このシリーズは既に発刊から30年以上が経過し、内容のアップデートはほとんどされていないと思われます。チェスがマイナーな日本において、初心者向けではないシリーズを立ち上げたことは当時としては(そして、仮に現在同じ試みがされたとしても)画期的なことであったと思います。しかし、30年以上前の本が、大した改訂もされずに販売され続けていることにはある程度疑問を持つべきだと思います。特に、「勝ち方の基本戦術」は当時中学生であった私の目にもひどい内容でした。その印象は今も変わりません。
棋譜の記載方法への注意
一つ注意点としては、棋譜の記載方法に特徴があることです。これはこのシリーズ全体に言えることなのですが、駒を取るマークとチェックメイトのマークが現在普通に使われているものと異なっています。
この本の中では「:」を駒を取るマークとして使っており、チェックメイトは×マークです。
通常は駒を取るマークは「x」、チェックメイトは「#」です。
まずタイトルに困惑する
この本のタイトルは「勝ち方の基本戦術」です。やや煽情的なタイトルですが、商売ですので、そこはいいでしょう。しかし、中学生時代にこの本を図書館で借りた時、タクティクスの本だと思いました。タクティクスの本を読むぞーとページを開いて!?となったのを今でも覚えています。
そもそも、この本は翻訳書ですが、元々のタイトルは”Chess for Amateurs”です。戦術のせの字もないのです。あまりにも中身と乖離したタイトルは、このネット社会では特に有害であると思います。
この本は、名人ではなく、素人のゲームを紹介しながらその間違いからチェスを学ぶという、形式としてはシールマンの”Amature’s mind“に近い本です。
図面の間違いに困惑する
25年ぶりにこの本を読んで、思い出されました。図面に間違いがあるのです。この本は1手から数手ごとに図面が配置されており、そのこと自体はとてもいいのですが、間違いもあります。ある図面ではg3と指されていたはずなのに次の図面ではf2-h2までポーンが並んでおり、次の図面ではg3に戻っている。この本では同じ試合の試合内容を時系列で並べていますので、このような事態は本来あり得ません。同じゲーム内にこの間違いが2箇所ありました。進めたポーンは戻せない、チェスの基本です。
もちろん、このような編集上の間違いというのはままあるものでしょう。しかし、この本は30年以上販売されています。これまでに何度も指摘があったはずです。しかも、私が知っているだけで2度、装丁が変更されています。つまり、ずっと放置されてきた本ではないんです。いまだに図面が直っていないことは出版社の怠慢以外何物でもないと思います。
そして中身にも困惑する
タイトルが誤解を招くとか、図面のちょっとした間違いとか細かいよ、問題は内容でしょ?と思われる方もいるでしょう。私も同感です。しかし、私がこの本を読む気になれないのはその内容のせいです。
この本では素人のゲームが10ゲーム紹介されています。そのゲーム内の間違いを指摘しながら学んでいこうという内容です。しかし私は、その間違いの内容にも不満があります。
まず、タダで取れるポーンを見逃したとか、ポーンでビショップを狙われているのに逃げなかったなどの間違いが紹介されています。しかも最初のゲームだけでなく2ゲーム目でもです。私は、タダでピースを落とさないようにするというのは初心者にとって非常に大事なことだと思いますが、それをこのような形式で読んで学ぶことに意味があるのかと思ってしまいます。また、「ポーンでビショップを狙われているのに逃げない」レベルの人がこの「勝ち方の基本戦術」を読もうとするのか?という話もあります。
その他のゲームに関しても簡単なタクティクスの見落としなどの指摘が多いです。もし私が著者ならもっと戦略的な話をすると思います。ただで駒が落ちるなど明らかな悪い手を指しているわけではないのになぜコテンパンに負けてしまうのかというような内容です。まさにシールマンのAmature’s mindですね。もちろんこの本でも戦略的な内容が扱われていないわけではないのですが、少ないです。また、役に立ちそうな内容が扱われているのは後半のゲームですが、前半の何局かのつまらない内容を見て、その後を読む気がなくなる気がします。
価格改定にも困惑する
しかも、このシリーズ、装丁の改訂にあたって定価を大幅に値上げしています。もともとは1500円弱であったものが2000円弱です。もしかすると黒田日銀総裁の金融政策が成功しているのかもしれませんが、クイーンズギャンビットに由来するチェスブームに乗って商売をしているのだと私は思います。
まとめ
営業妨害をするつもりはないので、「買うな」とは言いません。上記の記事を見て、皆さんで判断してください。私としては、市場原理によってより良いチェス本が提供される未来を期待します。
コメント
仙台の山岸です。
>しかも、このシリーズ、装丁の改訂にあたって定価を大幅に値上げしています。もともとは1500円弱であったものが2000円弱です。
この本の初版本を持っています。初版発行日は1977年3月25日で、同年3月31日に買いました。その時の定価は780円でした。
山岸さん、ご無沙汰しております。お元気ですか?
まぁ、さすがに40年前の定価より高いのは仕方ないとは思いますが、この手の実用書は1500円までに抑えてほしいとは思います。